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西郷どんの禿

 1年間続いたNHK大河ドラマ“西郷どん”も、今週の日曜日で最終回です。維新の英傑・西郷隆盛の死をもって、大団円を迎えます。毎週楽しみに見ていたので、少し残念な感じ。西郷どんを、もっと見ていたかったかな。

 その西郷どんを最後まで演じきった“鈴木亮平”は、俳優としてのステージが1つ上がったような感じがします。

 西郷どんを見ていて気になったのは、明治維新が成って新政府が樹立した辺りから、西郷の右こめかみ辺りに、円形の禿が出来ていた事です。これは、鈴木亮平が役作りに苦しむあまり、円形脱毛症になってしまったのかと思っていました。

 でも、流石にNHKも禿のままでは撮影しないだろう、メイクさんがちゃんと隠すだろうとも、思っていました。

 実はコレ、鈴木亮平の役作りの一環だったのですね。実際の西郷隆盛はキセルで右こめかみを掻く癖があって、その部分が剥げていたというのです。鈴木亮平は、その事を忠実に再現していたのですね。

 ストレスによる円形脱毛症ではなかった、西郷隆盛の事を詳細に調べ上げての役作りだったとは、その役者魂は見上げたものです。素晴らしいですね。

 来年の大河は、クドカンの東京オリンピック、近代劇です。どうかな、取り敢えず出だしは見てみます

8K放送開始

 いよいよ、8Kテレビの本放送がBSで始まりました。どうも、放送業界・家電業界は、4Kをすっ飛ばして一気に8Kへと持って行きたいようです。まあ、視聴者側も、一足飛びできれいな画像になるのですから、買い替えの手間が省けると言うものです。

 人間の眼の解像度からすると、8Kが限界のようです。それ以上解像度を上げても、人には識別不可能らしいのですね。そうなると、これからのテレビは、解像度・鮮明度競争から次の段階に進むのでしょう。何が、始まるのかな。楽しみです。

 しかしながら、8Kテレビは鮮明なのでしょうが、私の眼球の解像度は歳と共に衰えて行きます。最早、従来のフルハイビジョンと8Kテレビの解像度の識別は、できないかもしれません。だったら、今までのテレビで十分と言う事になります。

 只今現在は、どうにか8Kテレビのきれいさは理解できます。意地でも分かっていると、思い込みたいと言うか。意地分割り引いたとしても、どうにかまだ私の眼球解像度は、8Kテレビ対応です。眼球解像度が8K対応である間に、もっともっと8Kテレビの価格が安くなって、8K放送のソフトが増えることを期待致します。

肛門コルク

 最近、ウンチが肛門で糞詰まる事が間々あります。これは比喩としてではなく、正真正銘の糞詰まりです。

 私の場合、便意が無くてウンチが出ないのではありません。便秘で苦しんでいる女性の様な、1週間も便通が無いなどという事はありません。便秘と言っても、せいぜい3日間くらいのものです。それにしたって、大酒を飲むと下痢便となって出て行ってくれます。

 私が悩んでいるのは、便意があるのに肛門付近でカチグソが蓋をしている状態になって、ウンチが出ていかないのです。鳩尾辺りから下腹部に付近に掛けては、ウンチ出したい信号を発しているのに、肝心の肛門がそれを拒むのです。

 これは、中々に辛い事です。脳ミソでは、直ぐにでもウンチ出しそうな感覚なのに、末端器官が言う事を聞いてくれない。腹は張っているのに、出ていかない。お腹痛いのに、出ない。結構、苦しいですね。スッキリしたのに、できないのですから。

 お腹は下痢なのに、肛門が便秘という状況なのです。肛門にコルクの様なカチグソが、居座っているのです。ワインオープナー突っ込んで、取り去ってしまいたいくらいです。

 この前は、ゴルフ場でその様な状態になり、ゴルフを全く楽しめませんでした。同伴プレーヤーの皆さんに迷惑を掛ける分けもいかず、茶店に立ち寄る度、トイレに駆け込みました。

 でも、一旦出だしてしまうと、途中でストップが効かなくなってしまいます。ゴルフ場の茶店でそんな状態になってしまったら、それはそれで困りものです。

 まあ何とか、その日はパパっと脱糞出来たので、それ以降は普通にゴルフをする事が出来ました。でも、それまでは苦しかったなぁ~。

 これから冬に掛けて、寒いトイレであまり力むと、脳溢血なんて事にもなりかねません。肛門コルクをなくすには、どうすれば良いのですかね。

呉座勇一VS百田尚樹

 朝日新聞で火曜から木曜日まで掲載している、3人が日替わりで書いている一口コラムが楽しみです。歴史学者、ロックミュージシャン、生物学者と、書き手もバラエティーに富んでいます。

 その中で、先日歴史学者・呉座勇一氏が書いていたコラムが、過激に戦闘的で刺激的でした。

 呉座氏は今話題の作家・百田尚樹氏の新作“日本国紀”を、痛烈に批判しています。

 呉座氏は、新書“応仁の乱”で、一躍有名になりました。彼は所謂“異端歴史学者”ではなく、王道本流正統派歴史学者です。地道な事実の積み重ね、1次情報古文書から歴史の事実をコツコツと導き出して行く学者さんです。

 それとは対照的に、百田氏は“エンターテインメント歴史作家”ではないでしょうか。私はそんな存在を否定するつもりは毛頭ありませんし、歴史を扱う者として、正統派歴史学者とエンターテインメント歴史作家に優劣をつけるつもりも更々ありません。

 歴史作家といった存在は必要ですし、百田氏の作品は面白いし楽しいです。彼がベストセラーを連発しているのは、世間から高い評価を得ている証です。池波正太郎や藤沢周平のような時代小説家を、私はこよなく愛しています。

 しかしながらこのコラムでは、呉座氏は百田氏の日本国紀を酷評しています。

 呉座氏は、“さぞかし過激な内容だろうと予想していた私は正直、拍子抜けした。(中略)西尾幹二氏の「国民の歴史」に比べれば、穏便にさえ映った。(中略)井沢元彦氏の「逆説の日本史」の影響を強く受けているように感じた。(中略)彼ら(百田氏・井沢氏)の歴史理解は実のところ古い。(中略)さすがに現在の学会では「暗い古代」と「明るい中世」といった単純な見方はとらない。”と、書いています。

 結びには“百田氏にはまずは佐藤信編「古代史講義」あたりを読んでいただきたい”とまで、書いているのです。これでは、過激発言で鳴らしている百田氏が、黙っている筈はないでしょう。

 ベストセラー作家に向って、「勉強が足りないから、出直してこい」と、言っているようなものです。ちゃんとした歴史解説書を読んでから、本は書きなさいと。

 呉座氏は、本流歴史学者として、受けを狙った通説覆し本や、歴史逆説本が許せないのでしょうね。そんな潮流の急先鋒を行く百田氏は、呉座氏からすればにっくき敵なのです。

 「歴史の何たるかを何も分かっていない似非作家野郎が、また適当な本出しやがった」くらいに、思っているのでしょうね。しかし、呉座氏の風貌からすると、朝日新聞にこんな過激なコラムを載せるなんて、とても思えませんでした。百田氏に負けず劣らず、案外と過激なんですね。

 百田氏がどのタイミングで反論・反撃に出るのか、楽しみです。  

煽り運転禁止

昨年6月、東名高速のSAでの駐車の仕方を注意されたのに腹を立て、高速道路で執拗に煽り運転をした挙句、追い越し車線に無理やり駐車させて、大型トラックに追突されて夫婦を死亡させた、石橋和歩容疑者の裁判が始まりました。

 石橋和歩容疑者は、朝日新聞記者の面会の申し入れに対し、「30万円払わなければ、会わない」という趣旨の返答書を送ったそうです。その手紙が新聞にも掲載されていましたが、知性の欠片もない汚い字でした。公判でも、謝罪の言葉は、一切ないそうです。石橋容疑者は、この事件の後も煽り運転をしていたとの事です。全く反省の様子は、微塵も見受けられません。

 こういうニュースに触れると、人は最低限の教養は身に着けるべきだと、つくづく思います。ここで言う教養とは、数学とか語学とかではない、“人としての在り方”みたいなものです。

 知人に会った時は挨拶をしましょうとか、他人の家に上がる時は靴を揃えましょうとか、トイレはきれいに使いましょうとか、そんな日常の常識を弁えることが、人格の育成に繋がって行くような気がします。

 娘さん2人の目の前でご両親を殺しておいて、なんの反省もないなんて、まさに鬼畜、外道です。こういう奴は、極刑に処して欲しいと心の底から思います。私が遺族の立場だったら、本当に殺してやりたいと思うでしょう。

 若いうちに粋がるのも良いですが、若気の至りとして許されるものと許されないものの境界線は、確りと持っていて欲しいものです。この事件に至っては、最早人の道を外れています。

 煽り運転をする人は、自分の馬鹿さ加減を曝け出しているようなものです。絶対に止めましょう。もう二度と、こんな悲惨な事件はご免です。

出入国管理法修正案

 与党自民党は、出入国管理法改正案の12月7日の参議院本会議での成立を、目指すようです。労働者の不足を補うと言う意味では、私も一刻も早く成立させるべきだと思います。但し、野党の言っている通り、問題点も非常に多い法案だと思います。

 外国人研修生をただの労働力とだけしか扱わないこの法案は、人権侵害と海外から批判されても致し方ないのではないでしょうか。

 この法案について、与野党共に認識が一致している前提条件があります。それは、“東南アジアの人たちは、日本で働きたくて仕方がない。放っておくと、ドンドン日本に外国人が押し寄せて来てしまう。このまま外国人労働者を放っておくと、不法滞在者だらけになってしまい、治安が著しく乱れる。だから、国として法律を整備しきちんと管理すべきだ。”という事です。

 果たして、そうなのでしょうか。私は、“移民は認めるべきだ”という意見の持ち主です。されど今は、取り敢えず移民云々を論ずるのは置いておきます。

 然るにこれから先、外国人労働者が大挙して日本に押し寄せるなんてことは、続くのでしょうか。私は、非常に疑問です。

 只今現在は、東南アジア諸国から日本に出稼ぎに来る人達は、増えているでしょう。しかし、外国人労働者を只の働く道具としか扱わないこの法案が成立すれば、外国人にとっては、日本なんて全く魅力的ではない、働きたいとは到底思えない国として映ってしまうのではないでしょうか。

 江戸時代の穢多非人政策みたいなことを続けていたら、どこの国からも相手にされなくなってしまうでしょう。東南アジアの労働者も、働く国を選ぶ権利があります。中国であったり韓国であったり、台湾であったり欧州であったりです。その選択肢の中に、日本が入らなくなる日が来てしまうかもしれません。

 日本が頭を下げてどうか来てくださいと言っても、どの国からも相手にされないような事態になってしまうかもしれません。

 今の様な「そんなに日本で働きたいなら、受け入れてあげてもいいよ。その代わり、ちゃんと言う事を聞けよ」みたいな、高飛車の上から目線な態度が容認される状態が、いつまでも続くとは到底思えないのです。

 国際的な労働市場村八分みたいな状況に陥ってしまったら、今よりも断然深刻な日本労働力不足時代がやって来ると思います。

 そうなる前に、法案の修正が必要です。日本は、アジアの天狗になってはいけません。謙虚な態度で、労働者を受け入れるべきです。雇用者も労働者も、ウィンウィンな関係がベストなのですから。

朝一中間尿

 弊社の健康診断は、会社近くに会場を借りて、医療機関にレントゲン車等一式その会場に来てもらい実施しています。健康診断の時に、インフルエンザの予防接種もアルバイトも含めた全社員にしています。今年は、今週の金曜日に実施予定です。もう、そんな時期になってしまったのですね。

 近頃の健康診断では、検便や検尿は家で採取したものを会場に持ち込みます。検尿は、“朝一の中間尿”であることが、望ましいとされています。中間尿とは、出始めのオシッコは捨てて、ジョンジョロリンが始まってから中程のものということです。

 それは良いのですが、問題は“朝一”です。最近の私は、午前3時頃に尿意を催し、一旦目が覚めてしまいます。ベッドから出てトイレに行くのですが、朝一尿とは、この尿の事なのでしょうか。

 それとも、これは夜中尿で、朝一尿とは、本格的に起き出して歯を磨いたりする前に、トイレに行った時に出す尿の事なのでしょうか。

 されど、午前3時に起きた時、二度寝できれば良いのですが、結局朝日が昇るまで寝られず仕舞いなんて事もあります。だとしたら、この午前3時尿が、やはり、朝一尿として認定されるべきものなのでしょうか。

 医学的にはどちらが、正しいのか。ドクター教えてください。


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秋篠宮殿下のお言葉について

 案の定、秋篠宮殿下の大嘗祭に関する発言が、物議を醸しています。議論の方向が、秋篠宮殿下が仰られた大嘗祭のコストの面に向いていますが、どうも論旨がズレているように思います。

 コスト云々は、閣議で検討すべき問題です。批判や問題提起をするならば、内閣から大嘗祭の方針が打ち出された時点ですべきです。秋篠宮殿下が疑義を唱えたから騒ぐのでは、それこそ皇室の国政に対する影響力を認めるようなものです。

 私がこの件で絶対にあってはならないと思うのは、“国が一度決めた事に対して、皇室は一切意見を言ってはいけない”と言う事に反したことです。皇太子殿下が雅子妃の健康問題を慮る発言をするのとは、意味合いが全く異なります。

 今回の問題は、言わば税金の使い方の話です。それについて、国民の代表機関である国会で審議して決定したのですから、それ以降の皇室の発言は一切慎むべきです。

 皇室の一員である秋篠宮殿下が、もし何か問題提起をしたのであれば、宮内庁長官を通じて伝えるべきでしょう。長官から、「皇室では、このようなご意向がある」的な言い回しで。そこをスルーしてしまったのが、山本宮内庁長官のしくじりです。また秋篠宮殿下が煩い事言っている程度に、思っていたのでしょうかね。まさか、記者会見であんなこと言われるとは、思ってもいなかったのでしょう。

 宮内庁を通じてのご意向となると、グレーゾーンです。日本人の得意な、忖度の世界です。これであれば、日本人は納得するのです。日本人は、中庸、曖昧を尊びます。その靄に包まれたような朦朧な雰囲気を、大切にするのです。

 そもそも、政教分離を標榜している日本国に於いて、神道の御柱である皇室の運営が税金で賄われていること自体が、曖昧です。でも、そこは許されるのです。それは、日本人が曖昧好きだから。或いは、それを容認できる懐の深さを持っている民族だからです。

 私は、日本国の国体の護持に於いて、天皇ならびに皇室は無くてはならない存在だと思っています。今までも、そして、これからも。

 では、何故皇室は、国政にモノ申してはならないのでしょうか。それは、先の大戦の愚を繰り返してはならないからです。

 国体の護持に重要な役割を持つ皇室だからこそ、権力とは一番遠い場所にいなくてはいけないのです。

 太平洋戦争の当事者として、現人神として祭り上げられた天皇として、昭和天皇は一番その事を内包されていたのだと思います。ですから、戦後は一切の政治的発言はなさいませんでした。

 今上陛下も、御父上の苦悩をよくご理解されていたから、自身も弁えられていたのだと思います。

 昭和天皇の孫の世代になると、どうもその辺りの事がだんだんと希薄になってきたようです。

 時の権力に利用されては、絶対にならないのです。一見国政とは関係ない様な、単なる皇室の一行事に関わるような事ですらも言っていけないのです。そんな事を繰り返していれば、だんだんと境界線がぼやけてきて、国の大事を決める時に、ここぞとばかりに利用されてしまうのです。だから、厳格に厳密に一切の政治的発言はしてはならないのです。

 税金の無駄遣いを嘆くのと、先の大戦の愚を繰り返さないのとどちらが大事かは、自明の理です。

川口マラソン目標達成

 昨日の日曜日、川口マラソンに参加しました。私が走ったのは、10kmの部。記録は、59分27秒。目標のサブワン・1時間を切れたので、自分なりにはまずまずの及第点です。

 でも、ちょっと太めのオバサンや、明らかに70歳代中盤以降であろうと思われるお爺さんにも抜かれたのは、少々ショックでした。まあ、その人たちは日頃から鍛錬を積んでいるのでしょうから、ぐうたら怠け放題の私が及ばなくても致し方ありません。

 走っている途中・6kmくらいから、右こめかみの上の方、前頭葉右辺りが痛くなってきました。脇腹とか太ももとかなら分かりますが、走っている途中に頭が痛くなるなんて初体験です。まあ、10km走るなんてこと自体が、高校3年以来なのですから、全てに於いて初体験みたいなものですが。

 会社でもカミサンにも、無理しないで止めておいた方が良いよと言われながらの参戦です。ですから、万が一にもマラソン途中に脳溢血で運ばれたなんて事になったら、それこそ、「それ見た事か」と言われてしまいます。ここは、無理せずマイペースを貫きました。

 予定としては、残り3kmくらいからラストスパートを掛けたかったのですが、もうそんな余力は残っていません。その時点では、ただただ足を前に出すことだけで、精一杯な有様でした。それでも、完走出来て、しかも、当初から目標としていた1時間を切れて、大満足です。

 今回は、左膝が痛くなったり、治ったかと思えば風邪をひいたりで、満足な練習は出来ませんでした。これほどまでに、自分の体がポンコツになっているとは、思いもよりませんでした。

 来年も出るかどうかは、未定です。でも、もし出場するとしたら、ポンコツ体を鍛えなおし、もう少し走り込みをして、体重も落として、55分は切りたいかな。

秋篠宮殿下の大嘗祭に関する疑義について

 秋篠宮殿下が、天皇の代替わりに行う皇室行事“大嘗祭”について、「宗教色を国費で賄う事が適当かどうか」と、疑義を呈されたそうです。政府は公費を支出するべきではないと。

 確かに、この大嘗祭の為だけに建設されその後取り壊される“大嘗宮”に十数億円、その他儀式諸々で合計二十数億円もの費用が掛かるそうです。国民の負担を軽くしたいという秋篠宮殿下の思いから出たお言葉なのでしょうが、私は皇室が一旦政府の決めた方針に反論するような事は、あってはならないと思います。

 太平洋戦争という激動の時代を乗り越えてきた、昭和天皇。戦後、昭和天皇は敢えて何も語らないことで、そのお立場を確立されました。その英邁さには、改めて感服する思いです。

 そして、全国津々浦々を歩かれ、国民との触れ合いを大事にされた今上陛下。生前退位というご決断をされたのは、天皇としての役割を十分に果たせなくなった自身への戒めも有ったのではないでしょうか。

 “天皇は象徴としてただ存在していれば良いのだ”などと申している学者もいるようですが、それはあまりにも今上陛下を愚弄していると思います。生前退位のご決断は、英断でした。これは、皇室の政治的な介入ではありません。今上陛下の身の処し方の問題です。

 それと、今回の秋篠宮殿下が申された“大嘗祭の国費の支出云々”とは、全く意味合いが異なります。言わば政府が決めた税金の使い方について、来年皇嗣となる秋篠宮殿下が疑義を呈したという事は、国政に関する権限を放棄している皇室にはそぐいません。

 ご自身の発言の重みを、もう少し考えて頂きたい。来年浩宮殿下が新天皇となり、その後更に代替わりが起きて、悠仁親王が天皇となれば、その父である秋篠宮殿下の発言力は、否が応でも高まります。その際の大嘗祭は、どうなるか分かりません。と言う事は、その時点の新天皇の御父上の意向を、政府が忖度したという事です。これは、天皇の政治介入には、あたらないのでしょうか。

 私は秋篠宮殿下には、もう少しお爺様やお父様を見習って欲しい。発言する前に、心の中の天秤で計って欲しい。皇室の政治的関与はあってはならないという事と、一般的な正義感と。

 秋篠宮殿下は、今回の大嘗祭の件で宮内庁長官に意見を言ったが、聞く耳を持ってくれなかったと申されています。これでは、宮内庁長官の立場はありませんよね。

 秋篠宮殿下は、今までも現皇太子浩宮殿下の有り様についても、色々な発言を繰り返してきました。私が感じる限り、どうも現皇太子浩宮殿下と秋篠宮殿下の兄弟仲は、あまり良好とは言えないように思えます。

 新皇嗣には、宮内庁長官ならまだしも新天皇に対する批判めいた発言だけは、慎んでほしいと思います。

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